若い時の苦労は買ってでもせよ…とは言うものの

若い時の苦労は買ってでもせよ…とは言うものの

「若い時の苦労は買ってでもせよ」という言葉

昔は苦労したもんだ。それに比べて今の若者は苦労を知らない。もっと苦労を買え!
若い時の苦労は絶対将来役に立つから、買ってでもしろ!
世のおじさま方は、口をそろえてこう言いますよね。
若者にとっては、耳にタコができる程聞かされた言葉だと思います。

しかしながら、最近はインターネットの登場で若者同士のコミュニケーションが活発になり、この言葉について懐疑的な人が多くなったように思えます。
かく言う私もその一人です。

若い時の苦労は買ってでもせよ」は確かに一理あるとは思いますが、問題点も内包しています。
今回はこの言葉の問題点について、個人的に思うことを書いていこうと思います。

「若い時の苦労は買ってでもせよ」の3つの問題点

若い時の苦労は買ってでもせよ」という言葉が持つ問題点として下記のものが挙げられるでしょう。

  • 生存バイアス
  • 言った者が苦労を売りたい・させたいだけ
  • 昔は苦労でも今は徒労

生存バイアス

このブログで度々登場している生存バイアス
どんなものかと言いますと…

ある特定の出来事や手段などを評価する際に、経過と共に発生する少なくない脱落・淘汰などをした存在を考慮することなく、最終的に生き残った一部のみをもって判断してしまうことを指す。

例えば、特別厳しい教育方法に対して、それをくぐり抜けた一部の成功者の非常に強い支持のみをもって、その教育方法の正しさを主張する場面などが挙げられる。
この場合、あまりの厳しさに脱落していった大多数の層が無視されていることになる。
脱落者は文字通り脱落済みであるため死人に口なしとして主張を行う事が無いということである。

出典:ニコニコ大百科-生存バイアス

往々にして「若い時の苦労は買ってでもせよ」と言う人は、生存バイアスを加味していません。そりゃそうですね。
結局のところ、「若い時の苦労は買ってでもせよ」って言葉は、言った本人の経験則でしかありませんから。

上記の生存バイアスの例え話は教育ですが、これがビジネスだったらどうでしょうか。
たくさんの成功例を分析し、若いんだからまだ大丈夫と借金という名の苦労を買い、新規ビジネスに着手。
しかし、現実は非常なり。顧客は見つからず。売上も鳴かず飛ばず。残ったのは閑古鳥が鳴く寂れたお店だけ。

こうして脱落していった者は、まさに「死人に口なし」状態です。

苦労を買って生き残った人達の意見を、信じ切ってしまうのは危険ということです。

言った者が苦労を売りたい・させたいだけ

若い時の苦労は買ってでもせよ」とは文字通り、「若い頃の苦労は必ず将来の役に立つから、買ってでもした方が良い」という意味です。

しかしながら、どうもこの言葉には「俺も苦労したんだから、お前も苦労すべき。」というニュアンスが含まれる事が多いです。
しかもタチが悪いことに、言った本人は良い事言ったと思っているんですよね。

この悪循環を受け継いでしまうと、自分達だけでなく次世代の人達にも迷惑をかけることになります。

昔は苦労でも今は徒労

これは特にITスキル絡みで多いのではないでしょうか。

信じがたいのですが、この高度情報社会の中、いまだにパソコンを使おうとしない社会人がわんさかといます。特に中年期・高年期の人。
そういった人達に限ってパソコンを毛嫌いし、手書きの文書に無駄にこだわります。
さらに悪い事に、部下に対しても同じやり方を強要します。
エクセルの関数式を使えば一発で終わるものを、ダラダラと作業させるのです。
そしてこう言います。「今やっている苦労は、将来に絶対役に立つからな。

これは「苦労」ではなく「徒労」です。単なる無駄。
効率化が叫ばれている世の中なのに、なぜわざわざ要らぬ徒労を買うのでしょうか。理解に堪えませんね。

 
 

…とは言え、です。

若い時の苦労は買ってでもせよ」は全くの見当違いだ、と断ずるのは早計です。
この言葉にも確かに一理あります。だからこそ厄介なのですが…

その証明のために、私の「若い時の苦労は買ってでもせよ」の実体験を紹介します。

実体験としての「若い時の苦労は買ってでもせよ」

私はWebデザイナーとして働いています。肩書上は。
Webデザイナーと言いつつ、フロントエンド・バックエンドのプログラミングをしたり、サーバー・データベースの調整をしたり…と割りと何でも屋さんとして働いています。

自分で言うのもなんですが、よく一人で仕事を巻けてるなと思ってます(笑)。
普通であればWeb製作は分業します。
デザイナー・フロントエンドエンジニア・バックエンドエンジニア・インフラエンジニア・イラストレーター・コピーライター…と様々な職種の人達が協力して仕事にあたります。これが普通。…普通のはず。
私は一人でこれらを対応しています。そのため器用貧乏になっている点は否めません…。

Webデザインが分からない方に野球で例えてみると、監督とエースピッチャーと4番バッターと内野・外野を一試合でこなすようなモノです。

 

そんな私も最初の頃は何も出来ませんでした。
HTMLとCSSがやっと書けて、JavaScriptはjQueryがないと何も出来ない…ポンコツな人間でした。
今こうしてWeb製作の一通りを対応できているのは、仕事上やらざるを得ない環境に追い込まれたからです。

働き始めた当初、他に誰もWeb製作できる人間がいなかったので、私一人で対応することになりました。そこから、WordPress案件が発生したため泣きながらPHPを覚え、データベースを調整しなきゃいけなくなったため必死でMySQLを覚え…
…と仕事をしていたら、いつの間にかWeb製作の一通りをワントップで行えるようになりました。まだまだ足りないスキルは多いですがね。

ある意味で、過去の境遇には感謝しています。ある意味でね。
もし仕事上で追い込まれなかったとしたら、PHPやMySQL、RDBなんて絶対に触ることも無かったし、覚えることも無かったと思います。

二度と経験したくはありませんが(笑)。


自分語りはここまでにしておいて…

私の場合は、図らずも苦労を買ってしまったカタチになりますね。そして、運良く生き残れました。
なので後輩に同じ苦労をしろ。と言いたくはありません。強力な生存バイアスがかかっていますからね。
ぶっちゃけ、今思い起こしてみると潰れたかもしれない時は何回もありましたから。

一人で2、3日徹夜してWebデザイン案を練ったり。
一人で深夜にDNS切り替え対応をしたり。
一人でMySQL書いて実行したり。

よくもまぁ、Webデザインを嫌いにならずに続けてきたものです(笑)。

「若い時の苦労は買ってでもせよ」とうまく付き合うために

この言葉をしっかりと本来の意味で捉えるのならば「若い時は大抵の失敗は後になっても挽回できるのだから、今の内にいろんな事に挑戦し、経験しておいた方が良い」でしょう。

言葉を額面通りに受け取らず、下記の2点に注意して事に当たれば良いのです。

  • 成功例を見たら、失敗例も見よう
  • 買った苦労から得られるリターンは相応か

成功例を見たら、失敗例も見よう

若い時の苦労は買ってでもせよ」の言葉の厄介なのは、生存バイアスがはたらいている点です。
こればっかりはその都度、取り組む事の成功例と失敗例をたくさん集めて分析するしかありません。

一番やってはいけないのは「若い時の苦労は買ってでもせよ」を真に受けて、何も考えずに実行してしまうことです。
これは勇気ある挑戦でなく、単なる無謀です。

1つの成功の裏には、99の失敗があります。
物事の良いところだけを見ずに、悪い部分もしっかりと見ることが大切ですね。

買った苦労から得られるリターンは相応か を常に考えて!

買った苦労から得られるリターンをよく考えて行動すると良いでしょう。
何も得られなかったら、単なる徒労になってしまいますから。

ここでいう”リターン“とは、何も物質的・金銭的な見返りだけではありません。精神的な成長も含まれます。
自分が成長できる苦労であれば、思い切って買うべきです。
取り組んでいる時はツライかもしれませんが、やりきった後には満足感を得られます。

まとめ

この記事のまとめ
・「若い時の苦労は買ってでもせよ」という言葉が内包する3つの問題点
 ・生存バイアス
 ・言った者が苦労を売りたい・させたいだけ
 ・昔は苦労でも今は徒労
・「若い時の苦労は買ってでもせよ」とうまく付き合うためには下記の2点に留意!
 ・成功例を見たら、失敗例も見よう
 ・買った苦労から得られるリターンは相応か を常に考えて!

…と、ここまで書いてきましたが、苦労を買って良かった・悪かったなんて後で振り返らないと分からないものです。
多くの場合は、避けられない困難としてやってきて、乗り越えた時に人として成長している、というのがお決まりですね。…かと言って、要らぬ徒労はせぬようにご注意ください。

では、また!